母の命日でした

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ののこつぶやき

先日、5月23日は母の命日でした。
私が19歳の時に47歳の若さで死んでしまった母。

あれから23年も経っても、
母への思いは複雑です。

何で母にあんなひどい事言ったんだろうと後悔したり、
母の理不尽な言動に腹が立ったりと、(30年も前のこと)
感情がこじれたり、また落ち着いたりと忙しい。

でも私が42歳にもなって
今ここにいない母に対して言ったところで何の意味があるの。

私と同じく母へ寂しい思いを持った友達にそう言われ、
やっと後ろを向くことを辞めたんです。

お母さんなんて大嫌い!
長い長い反抗期なのかもしれない。母に認められたい、母に褒められたい、でも母は私を見てくれない…そんな思いを消化できずにこじらせてしまった私が、「お母さんなんて嫌い」と叫ぶことで解放されるというスピリチュアルに出会った。なんだ、母を嫌いと認めよう、私は母が嫌いなのだ。
ののこ
ののこ

亡き母へのどす黒い気持ちを書いてもキリがないよ。

そこに至るまで、複雑な気持ちの変化はあったんですが
ブログに書いてたら、うちも毒母だったよ
意外と周りにも同じような寂しさを抱えた友がいたり、
毒母への気持ちをつづった本にも助けられました。

私も40代になって、
母を「親」として見ずに
「1人の女性」として見てみると
自然ともういいやって気になりました。
23歳で結婚して、
25歳で上の兄を産んで、
27歳で下の兄を産んで
28歳で私を産んで、
自営業をしている父の仕事は不安定だったから
いつもお金の心配をしていた母。お金もないのに見栄っ張りの母、
自分のコンプレックスからか教育熱心だった母。
困ったら子どもの前でもすぐ泣くし、
父と大声で感情的に喧嘩していた。
そんな母と私は合わなくて
私は母のやることなすこと気に入らないし、
母も私のやることが気に入らないんです。
高校時代は反抗期もあって毎日喧嘩していたな。
でもやっと末っ子の私が大学に入学し、
母もこれからは自分の人生をと思ったとき、
癌の余命宣告を受けました。
それから1年、闘病生活をし、他界。
私は母嫌いの激しい反抗期も途中で
母を避けるように沖縄に行ったから
闘病生活も付きっきりで看病はしませんでした。
さすがに末期患者の母に反抗的な態度は取らなかったけど
だからと言って親孝行で仲良し母と娘でもなく、
母が望むような優しい言葉もかけなかったし、
そっけなかったと思う。
あの時まだ19歳だったんだよ。
今もしあの時の自分に会えるなら
頭をバシッと殴って
大学なんか休学して
とっとと大阪に戻って看病しな。
無理やりにでもそうすると思います。
あの時、兄も父も自分のことで精いっぱいで
私が沖縄の大学に通い続けて
たいして母の看病をしないことに何も言いませんでした。
誰一人、母が死に向かってることを受け入れられなかった。
可哀そうな母。
可哀そうな父。
可哀そうな兄達。
可哀そうな19歳の私。
そうやって自分の気持ちに向き合わず
母の弱ってく姿も直視できず
なんとなくごまかして
ちゃんと悲しんだりできなかったから
母が死んだあと、
残された私達4人はもっと苦しむことになるんだけど
命日のたびに闘病中の日々や
死んだ後も続いた家族の苦しみを思い出します。
7年前には父も他界し、
今残されたのは私達兄弟のみ。
なのに兄2人が仲違いして7年も口をきいていない。
ののこ
ののこ

私が兄二人の間に入って
連絡係してるよ。

死んだ人にこんなこと言うのもだけど、
死ぬ前にそんな余裕がなかったかもだけどさ

残された子ども達が仲良くやっていけるように
もっと平等に愛してほしかったな。
そこをちゃんと整理してからあの世に行ってほしかったな。

40すぎたおっさん、おばさんが
今だに思うんだよ。
兄の方が大事にされただの、
妹ばかり自由にさせてもらっただの、
親になって思うのは、
もし父と母がまだこの世にいたら、
そんな不平不満をぶつけたかったよ。
こじらせる前に。
でももう母も父もいない。
母なんて23年も前に死んだのに、
私はまだこんなこと言ってる。
お母さん、うちのこと苦手やったやろ。
いつもお兄ちゃんのほうばっか見てたやん。
お母さんの好きなゲソの天ぷら食べながら
お母さんの好きな織田裕二のテレビを見ながら
今ならサクっと聞けるのに。
母は、この世にいないんだよな。

お母さんが今も生きてたらとよく兄と話す。
兄は相変わらず母を美化していて、それが羨ましいほど。嫁ともうまく付き合って
ののこと女3人で旅行したりしてたんやろうな~て。

ゾッとするでしょ。
恐怖ですよ。
待って、
ねねちゃん(義姉)、絶対に嫌がるから!
ののこ
ののこ

姑と義妹と旅行って何かの罰ゲームですか。

こういうとき、男って単純だなと思う。

お母さん、死ぬ前に
鳥に生まれ変わってまた会いたいって言ってたけど
兄達のほうに行ってあげて!
私は来世でいいからねー(もうお腹いっぱい)
ののこつぶやき
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ののこ

10数年の韓国生活を終え、2019年春に日本へ移住しました。
私とは正反対の繊細さんである韓国人夫、
日韓ハーフの双子の息子、
韓国生まれの元保護猫との生活や、
日本語教師の仕事のことなど
ちょっとした日常生活を紹介するブログです。

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