なぜ日本語教師になったの

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ののこ仕事

生まれは大阪。大学は沖縄。そして日本語教育を勉強し、日本語教師になった私。ののこ。

そう、あれは2004年のことでした。あれから20年?もう日本語教師として人生を歩みだしてから20年も経つんですね。(途中、大学院に進学したりしましたが)

今日はそんな日本語教師について少しお話をしたいと思います。

日本語教師とは

日本語教師とは「日本語を母語としない人々に日本語を教える教師」のことです。

日本語教師との出会い

そんな日本語教師に憧れを抱いて日本語教師になりたい!と決意したのが高校生の時。

「ドク」というドラマを観て日本語教師という仕事があること知りました。そうそれは1996年のこと。

これも26年前?うそでしょ!

そして今調べて衝撃の事実が!「ドク」の脚本家が岡田恵和さんだったとは!

 

岡田さんの作品と言えば…

『南くんの恋人』、『若者のすべて』、『イグアナの娘』、『ビーチボーイズ』、『最後から二番目の恋』、『ひよっこ』、『いま、会いにゆきます』などなど。
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私の好きなドラマばかり~

当時好きだった香取慎吾さんが主役というのも、このドラマにはまった理由かもしれませんね。

『ドク』は簡単にストーリーを言うと安田成美さん演じる日本語教師の雪が、香取慎吾さん演じるベトナム人留学生ドクと色々あり(省略)…最後、雪降るシーンでドクが雪に「雪好きです」と言って微笑みあって終わり。「え?どういうこと?好きですって雪さんのこと?降ってる雪のこと?」と高校生には全く分からず、教師と留学生の禁断の愛からのハッピーエンドを期待していた高校生には何とも掴めないすっきりしないストーリーでした。だからこそ今でも強烈に覚えています。今観たらまた違うんでしょうね。

親に夢を語るが

そんなドラマ『ドク』を観てからすっかり日本語教師に憧れた私は大学進学を決めます。両親に「日本語教師になりたいから大学に行く!」と宣言すると賛成してくれました。

ええやん!世界で通用する仕事やん

でも続きが…

 

うちは私立の大学の学費払う余裕無いから

奨学金でも借りてアルバイトもして自分で払ってな~

そして結局、大学進学はしましたが親からの援助はなく、大学進学が決まってからすぐアルバイトを始め、学費を貯めました。(ちなみに未だに奨学金返済しています)

 

大学卒業後

そんなアルバイトばかりしていた大学生活でしたが、無事に4年で卒業でき、日本語教師の課程も修了しました。そして知人の紹介で中国の深浅にある日本語学校で働き始めます。

日本語教師になる3つの方法

ちなみによく聞かれることですが、日本語教師として働くためには

教員免許は必要ありません。

日本語教師の国家資格もありません。

ただし日本語教師として働くためには3つの方法があります。

  1. 「日本語教育能力検定試験」に合格する
  2. 420時間の「日本語教師養成講座」を修了する
  3. 大学・大学院で「日本語教育主専攻(副専攻)」を修了する

それプラス、人に教えることが好きだったり、積極的にコミュニケーションがとれる人も向いていると思います。

日本語教師デビュー!最初の勤務先

ここがかなりやばい日本語学校で、新しい日本語学校を建設すると聞いて、私たち採用された3人の教師たちは赴任されたのに、まだ校舎ができていない!

なのに、生徒は100人近く集まっている状態だったんだよね…

仕方がないからその校長の自宅で、校舎が完成するまで授業をするわけですが、狭いし、設備も整っていないし、最低限必要であろう教科書、ホワイトボード、パソコン、プリンターもない、そんな環境で日本語教師としてデビューしました。

だから次の勤務先の韓国に行ったとき、天国!と思いました。韓国は日本語教育でかなりレベルが高く、最先端を行ってます。

その後の日本語教育歴

ここはまた別記事で詳しく書きたいので割愛しますが…

あら、もったいつけたわね

中国深浅→韓国ソウルの日本語学校→中国桂林→韓国ソウルで大学院→中国内モンゴル→韓国ソウルの日本語学校→中国上海→韓国ソウルの大学、日本語センターなど
と、韓国と中国を行ったり来たりしていました。この間に主人との出会い、結婚などもあったりします。
本音としては、中国でずっとずっと日本語を教えていたかったんですが、やはり給料が安くて限界を感じました。もし安い給料でもいい!という方はぜひ一度中国で教えるのをお勧めします。日本ではありえない非日常的なことが毎日のように起こります。楽しくて仕方がないくらいでした。
私が中国にいたのも、もう10年前のことで、今は変わったかもしれませんが…地方都市はどうでしょう。

まとめ

『ドク』との出会いが私の人生を大きく変えました。このブログを書くにあたって、改めて自分の日本語教師としての歴史を振り返ると楽しかったことばかり思い出します。

色々な人との出会いがありました。それは今でも私の財産です。とにかく私には最高の職業だと思っています。

コロナで日本語学校で働くことを辞め、オンラインレッスンに変わりました。働き方は変わったけれど教えること自体は変わらず、今も毎日パソコンを通じて日本語を教える毎日です。

今でも思い出すよ、休みの度に深浅から香港に行ったことを。

なるにはbooksおすすめです 

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ののこ

10数年の韓国生活を終え、2019年春に日本へ移住しました。
私とは正反対の繊細さんである韓国人夫、
日韓ハーフの双子の息子、
韓国生まれの元保護猫との生活や、
日本語教師の仕事のことなど
ちょっとした日常生活を紹介するブログです。

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